[ 2013年6月23日 ] おすすめは“りぼんちゃん”

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[ 2013年4月10日 ]

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これはもう事件です!!

[ 2012年6月18日 ] JR英賀保駅徒歩5分の「戸建賃貸」


■家 賃:100,000円(月額)
■共益費:  5,000円(月額)
■敷 金:100,000円
■礼 金:300,000円

■場 所:姫路市苫編2丁目
     (JR英賀保駅徒歩5分、距離約400m)
■間取り:3DKタイプ
■床面積:77.83㎡(23.54坪)
■構 造:木造2階建
■建 築:平成18年12月
■校 区:荒川小学校、山陽中学校
■駐車場:2台可
■ペット:相談
■仕 様:オール電化

●アパ・マンにない「戸建賃貸の魅力」
★住むのに十分な広さと間取りがある
★設備や仕様が分譲用である
★隣や上階からの生活音がない
★ガーデニングができる
★ペットが飼える(相談)
★収納がたくさんある
★お風呂が大きい
★子どもが伸び伸び育つ
★オーディオやピアノが気兼ねなく満喫できる
★車が玄関先まで入る

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[ 2011年2月19日 ] 人生意気に感じては…

長らくブログの更新が中断していました。「ナカイのオッチャン、カラテやめたんかなぁ」と多くの皆さんがサイトに訪れなくなったのではないかと思います。

ところが、オッチャンはしぶとく極真会館・姫路飾磨道場の末席にしがみついていたのでした。

さて、先日2月13日(日)、極真会館中村道場主催「第五回播州姫路カップ」が姫路市西延末の手柄山公園内にある兵庫県立武道館で開催されました。

私も、毎年恒例ではありますがスタッフとして会場の設営から後片付け、大会の進行に微力ながら精を出しました。例年の行事となっているので要領は分ってきましたが、選手は緊張のるつぼです。コートで鬼気迫る表情の選手の呼び出しをして少年少女を戦いの場に送るのは、やはりいつもながらに複雑です。

勝負の世界、雌雄を決するせめぎ合いに負けて涙する子、顔面に何回も足の裏をくらわされたり、痛くて涙が出るのをこらえながら必死に向かってゆく子どもたちを目の当たりにしてオッチャンも思わず目が潤んだりしてしまいます。私「よう頑張ったなっ!」選手「うん…」(グスッ)。泣いている子に励ましの言葉をかけながら自分も泣いているのでした。でも、人生逃げてばかりではいけません。私は、困難に立ち向かう勇気と根性を、このカラテでも身につけてほしいと願うのです。

大会も中盤に差し掛かった時、全コートの進行を止めて、師範代の先生方による特別演武が披露されました。先生方は皆さん日頃の研さんを形にして堂々とした立ち居振る舞いでとても雄々しく感じました。私が学んでいる姫路飾磨道場の槙先生も、持ち前の柔軟性を活かした美しさと力強さ(全日本で5位に入った実力!)で観客を魅了する型「最破」と「足技による四方割り」の難しい試割を成功させました。いつもながらに素晴らしかったです。

そして、この度、特に私の胸に響いたのは山田師範代でした。山田師範代は個人的にも交流をもたせて頂いているのですが、とてもシャイで心のきれいな先生です。山田先生は播州姫路カップの呼び物と称されるほどド迫力の試割をされます。それは2枚重ねたコンクリート・ブロックを頭突きで割るという決死の技です。毎年1000人にも上る観客が、その凄まじさにドッと感嘆のどよめきを上げます。今年もその尋常ならざる雰囲気になってきました。静かに精神統一をし、間合いを確かめ、満を持し、おもむろにブロックに突進する山田先生、これはその時の息詰まる瞬間の写真です。

「ゴッ」もの凄い嫌な音がしました。いつもならブロックは真っ二つに折れて床に砕け落ちるのですが、この日はそうではなかったのです。ブロックはそのまま次なる激突に備えるように微動だにせず固定されています。山田先生は間髪いれず(焦りもあってか)即座に二度目のアタックを試みましたが、今度は山田先生の額から鮮血が吹き出しているではありませんか!会場は騒然となりました……。

「人生意気に感じては、成否を誰があげつらう」(人生は損得で動かされるのではなく、意気を感じて(真心によって)動かされるのだ。その行動をして、誰が成否(成功・失敗)を論ずる事が出来るものか!)

このとき、私の心に浮かんだのがこの句です。確か、どこかの政治家の先生が仰っていたのを聞き覚えていたと思うのですが、まさに山田師範代の奮闘ぶりに気持ちが動いた瞬間でした。(後にネットでこの言葉を調べてみたら軍歌の一節だったのでビックリしました)

本来の意味とは少し違うかもしれませんが、一回こっきりで大観衆が見守る中、失敗するかもしれないという恐怖感と、実際に生成の程度にばらつきがあり、強度もまちまちのブロックに対峙するのです。……割れようが割れまいが問題ではありません。その気概(困難に屈しない強い意気)に触れ、私たちの心も共鳴するのです。山田師範代、アッパレでした!

 

第二回播州カップでは中村師範が原石割りを見せて下さいました。河原から取ってきた原石…。中には硬すぎて割れない石もあります。こだわらないことを学びました。演武で怪我をなさった先生もおられます。しかし、み~んなひっくるめて素晴らしいのです。

この度は感動と共に大きな教えを授かったように思います。本当にありがとうございました。

[ 2009年5月28日 ] 思わぬ後遺症…

テニス肘.pdf

我らが極真会館の中村道場の高砂・加古川・姫路飾磨・豊岡の各教室を指導してくださる槇先生の生徒さんたちはどんどん好成績を挙げ、先日の大阪カップでもいろんな階級を制覇し、実績を挙げておられます。(すごい!尊敬の一語に尽きます)

ところが、私はというと昨年末からヒザの怪我、“ひょうそう”という不思議な傷病、会社の引っ越しと片付け、引っ越し疲れ…と長らく休ませて頂いており、数えるほどしか練習に出席できずにいましたが、引っ越しの際右ヒジを捻ってしまったので痛いと思っていた痛みの症状がどんどん重篤になり、ついに辛抱できなくなって例のごとく、いつも良くして頂いている「桃井整形外科」の桃井先生(先生はスポーツ医でもいらっしゃいます)に診察していただきました。

さすが受付にびっしりと患者のカルテを備える忙しいクリニック、見立ても一流です。私の腕の状態をチェックし、レントゲン写真を見ながら桃井先生は言います。「ナカイさん、これは“テニス肘”ですね」「“テニス肘”とは、実際はテニスの選手では5%くらいしか発症しないのですが、重いものを反復継続して持ったり、使いすぎたりしたときに出る症状です。ナカイさんは引っ越しで荷物を持ちすぎたからなったんでしょうね」

ここで私はいつものように軽口をたたきます。「先生、ウチは男は私だけで、あとは家内を含めて女性二人ですから、ここぞとばかりにこき使われたんです」と水を向けると“ひょうそう”事件の時のようにシラ~ッとした空気に包まれ、誰一人私に助け舟を出してくれる方はいませんでした…。

閑話休題、故障というものは練習不足、精進不足にも大きな遠因があると思います。年齢のせいばかりにせず引っ越し後の今の環境に慣れて、一日も早く復活して練習に励みたいと思います。それにしても仲間の躍進振りから、カラテの腕前というものも磨けば磨くほど確実に伸びてゆくものだと感じました。(みんな強くなってるんやろーな~)

[ 2008年11月10日 ] ホンモノは続く…、続けてホンモノに…。

水を抜いたあとの右ひざ

先日の稽古で右ヒザを痛めてしまいました。10月30日(木)のことです。下段回し蹴りはこれまでもたくさん受けてきましたし、その度に故障をしていては話になりません。最近では、脚が腫れようがアザができようが、いつも2~3日で何ともなくなっているばかりか、稽古で受けた蹴りの痛みが鈍痛になって歩くたびに気を引くのが心地よくさえなっていました。

しかし、今回のヒザに受けた蹴りの痛みは別でした。組手の何人目の誰のどの蹴りがどういう角度でヒザに入ったかは覚えていません。

だいたい“痛み”と言うのは不思議な性質を持ちます。それは痛さの強い方が“感じられる痛み”となるということです。別の場所のそれより弱い痛さは認知されないのです。実際、今回も当初は左脚の太腿のほうが酷く蹴られて痛かったので、ヒザがズキズキとうずきだしたのは太腿の痛みが引いてきた2日目になってからでした。

いつもの事だと高をくくり、放っておけばそのうち軽くなると思っていたのに症状はどんどん悪化してきます。ヒザも心なしか丸太ん棒のように膨れています。<写真は水を抜いた後です…>幸い(?)11月2日の日曜日の稽古はお休みだったのですが、いつの間にか歩くのも厳しくなっており、階段の上り下りなど悲惨な格好です。家内は「何やっとん!仕事に支障があるんやったらカラテは“ヤメッ”」と容赦なく私に浴びせます。挙句は「水がたまっとるから注射で抜かなあかんわっ!」と、気の弱い私を恐がらせます。私にはあの「中耳炎の悪夢」が蘇ります…。

痛みが全然治まらないので、家内にも促されて6日(木)、知り合い(子ども達が同じ小学校でそれぞれ同じ学年です(^o^)v)の桃井整形外科に行くことになりました(ドキドキです…)。桃井先生は実に優しい先生ですが、私の顔とレントゲン写真を交互に見ながらから気の毒そうに「水を抜きますか?」と聞きました。(キターッ!これかーっ!49年の人生で過日の中耳炎に次ぐ第二弾!私にまたドキドキが襲ってきました。)

医師というのは実に淡々と作業を行ないます。(そりゃ、いちいち情け容赦はかけておれんわなぁ。)私の膨れ上がったヒザの横のあたりにネライをつけるや、太い注射針をブスッと突き刺しました。「ちょっとチクッとしますよ…。」優しい桃井先生ならではの一言でしたが、手負いの太ったイノシシ(干支が「猪」)の私に通じる訳もありません。「アッレ~ッ…」心の中で力の入らない声が出ます。私は硬直状態で痛さをこらえ固まり、水はどんどん注射器に吸い取られてゆきます。多分200㏄以上はあったでしょう。1本では収まらなかったのにびっくりしました。)そして後は経過を見るということで開放となったのですが、刺されたこともないようなところに最も苦手とする注射をされたショックは大きく、ドッと疲れました…。

極真カラテを始め、フル・コンタクト制の格闘技にケガは付き物かもしれません。しかし、ケガの度に稽古を休んでいたのでは上達はできません。いかにケガをせず休まず練習をすることができるかがポイントです。故障をしないのも強さではないかと私は思います。私の愛読しているワールド空手という雑誌に、黒帯昇段の体験記がありますが、ご年配に拘らず素晴らしい成果を挙げられた先輩方の手記がありました。
極真カラテ昇段レポート.pdf
私はこのような先輩を目標とし、己との戦いとして極真カラテの修練を積みたいと思います。

何事においても「ホンモノは続き、続けるからホンモノになる。」と言えるのではないでしょうか。

[ 2008年3月18日 ] 顔の表情とカラテ・・・。

 表情の大切さ最近、ナカイ家族では子ども達も塾が忙しくなり、まじめにカラテの練習に打ち込んでいるのはオジンの私だけになりました。でもそんな私でも、でっぷりと突き出たお腹を見ては「どげんかせんといかん・・」と思いながらも日々悶々とし、実際のアクションに至っていないのが現状です。

そんな中、13日(木)は久々に師範代の槙先生の組み手を間近で見せていただく機会に恵まれ、ものすごい大事なことを身をもって教えを頂いたような気がします。相手は超重量級のAさんです。カラテの世界でも体重差というのは大きなハンディとなります。体重の乗ったAさんのキツイ一撃が容赦なく軽量級的な槙先生のボディや脚に炸裂します。先生は体ごとその衝撃を受けるのですが、キッチリと受け技を繰り出しながら体勢は常に攻撃できる姿勢を保っておられます。(私がいつもシビレるのは、極真カラテの上級者のこのような凛とした動きと一途なひたむきさです。)

ビシッとかバキッなどとすごい音とともに弾き飛ばされているのに、まるで“喧嘩ゴマ”のように自分は完全に攻めの態勢をとったままその機会を鋭く狙い、しかも、痛いとか苦しいとかの表情はなく、常にボーカーフェイスを貫き、ひたすら組み手に集中する・・・。正に極真の真髄に迫るものと言えるでしょう。

以前、私の組み手を見て槙先生が注意をされたことがあります。「ナカイさん、確かに痛いでしょうけど、表情に出してはいけません。相手は効いたと思って一層攻撃してきますからね。」

・・この時まで私は自分がボコボコにやられているさなか、よもや苦痛のあまりしかめっ面をしているなんて思っても見ませんでした。他の人たちと同じようにポーカーフェイスだと信じて疑っていなかったのです。しかし実際の私の顔は醜く苦痛にゆがんでいたのでした・・・。ガ━(゚Д゚;)━ ン !!!

考えてみれば私は人一倍表情を重視してきました。いや、むしろ私の半生は表情なくしては語ることができないとまで言っても過言ではありません。親に叱られたら大粒の涙を流し、声に出して泣いていましたし、友達やお客様とのやり取りも常に表情と共にあり、それなしでは成り立つものではありませんでした。終いに女性には「目でものを言う・・。」とまで言われたほどです(≧∇≦)キャー♪

しかし、今、考える時にさしかかったと思います。時代は“マイナスの激動期”の様相を呈しています。サブプライム問題から派生した大企業の業績悪化・ドル安、原油・原材料費の高騰、隣国中国の毒ギョーザ・チベット・環境汚染、そして不況。どこにも明るいニュースはありませんが、極真カラテに学ばせて頂いたように目先の出来事に一喜一憂するのではなく、その先にある目標・目的や喜びのシーンを見据えて今を頑張らなければならないと思います。その時まではもちろんポーカーフェイスで・・・。

[ 2007年4月13日 ] 天網恢恢(てんもうかいかい)、涙の昇級審査・・

黙想去る4月1日、私たちナカイ親子は朝から極真会館の昇級審査を受けるために尼崎に向かいました。
姫路飾磨道場の槙先生に受審のお許しを得て、意気揚々と山陽電鉄姫路駅からの出発でした。
時にミツ君(小学4年)とコウちゃん(小学2年)は青帯の8級、お父さん(4月で48歳)の私は黄帯の6級です。

私の驕った考えでは子どもたちは練習量からも飛び級など望むべくもなく、青帯の線入りで7級止まりであり、私は大人なのでオレンジ→青→黄→緑→茶→黒と、子どもより2倍早く進むと思っていたのでした。
実際、私はオレンジ→青→黄とトントン拍子で進みましたし、子どもたちは1級ずつ上がりましたから、全く疑っていませんでした。(でも、一般部、壮年部の中にも帯に線の入っておられる方がいて、「なんでかな~?」と脳天気に思っていたのは事実です・・・。)

尼崎審査会場には、過去に悪い思い出があります。2年前、小さかったコウちゃんが「オシッコ」を言えず、少し漏らしてしまってズボンなしで審査を受けたイワクつきの会場です・・。槙先生にはその始末をしてもらったりと、大変ご迷惑をおかけしました。

さて問題の審査です。1時から開始でしたが、実際12時半過ぎには殆んどの人が集まり、早目のスタートとなりました。相変わらず狭い会場ですから隣とも手足が当たります。ぎりぎりに着いたものですから、体をほぐしたりウオーミングアップもできず、柔軟、拳立て、二段蹴りと進みますが、なんか調子が出ない感じで、正にあれよあれよと雰囲気に呑まれたままどんどん進んでしまいました・・・。

基本稽古は突きと蹴りを1種類ずつで終わり、移動稽古は早口で見本を見せられて即実行ですから焦ってしまって「エイッ」と決めたら左右の手が逆だったり、狭いのでナナメに動いていたら、線がずれていると指摘されたり、かなり落ち込みました。・・全く良いところなしでした・・・。コウちゃんも師範に「どこの道場?」と聞かれるありさまで、親としても気になって仕方がありません。

型も平安4、足技太極3がさっさと終わってしまい、見せ場もなく、全く手応えがありません。組み手の相手は40歳の方で100キロ以上の巨漢でしたが、残念ながら格下の青帯でした(実際帯の差などあまりないのですが、優勢で当たり前でしょうから・・)。対戦してみるとパンチは重いし、こちらの突きや蹴りがなかなか効きません。
結局、全く良いところなく全審査は終わってしまったのです。帰りの電車では3人とも落ち込みました。聞くとミツ君も組み手の最後に上段回し蹴りをもらって技ありの負けだったそうです。ナカイ三親子は無残に全滅でした・・・。

結果的にはミツくんとコウちゃんは帯が一つ上がって青帯の7級、私も色は変わらず5級に止まったのでした。さすがに、帯を頂いたときはショックでした。だって、緑帯に上がると勝手に思い込んでいたのですから・・・。
順当に昇級を果たしたコウちゃんもミツ君も哀れなお父さんを気遣って無口です。(皮肉にも、こんな結果になって子どもたちの精神的な成長を知ることができました。)

個人技であるカラテ道は、やはり何と言っても本人のテンション、モチベーションといった気力、精神力が大きなウエイトを占めます。体力の衰えを感じ『老化に挑む-よみがえる脳、延びる寿命』(NHK出版)などを読み漁っているようでは、結果は見えていたのではないでしょうか。今回の不甲斐ない結果を改めて真摯に受け止め、もう一度一から出直す覚悟を決めました。子どもたちに誓った黒帯を戴くまで頑張りぬきます!

仲の良いナカイ三親子のほかに、約一名無神経な家族がいました。『あれ~、お父さん、何しとん、また黄色い帯ぃ?』-他でもありません我が家のジンベイザメこと妻のバービー(恐ろしくて口が裂けても「ババァ」とは言えないので、私はこう呼んでいる)です。思えば、こんな無神経な一言こそ私を勇気づけてくれているのかも知れません。
よっしゃーーー!頑張るでーーー!

[ 2007年2月13日 ] 第一回播州カップ 華々しく開催される

播州カップ昨日は、国際空手道連盟極真会館、兵庫県・大阪南支部中村道場主催の第1回オープントーナメント「播州カップ(交流戦)」が姫路の手柄山中央公園内にある兵庫県立武道館で開催されました。姫路で初のトーナメント戦とあって、地元の私たちも俄然、力が入りました。
私は前日の設営と、当日のスタッフ(時計係)として頑張りました。私たちの担当は5面の内の一面、小一ソフトクラス、小一チャンピオンクラス、小五ソフトクラス、小六チャンピオンクラスでした。小学校一年生の子どもたちの奮戦は見ていてもハラハラするようなところがあり、力の差が歴然としているような場合、平気で顔面に前蹴りが飛んで、痛さに顔を抑える子どもや、涙をボロボロ出して泣く子などを目の当たりにしますと、こんなにやらなくちゃならないのかな・・?と思えたりします。気の弱い親だと一緒に泣くのではないでしょうか・・。
播州カップ2ところが、試合場を取り囲んで観戦している親御さんたちは、私の想像をはるかに超えてスゴイものでした。「蹴れー、蹴れー」「行けー、下段や!上段や!」「行かんかーい!」、私の後ろアタマの方から、さながら闘鶏場の、競馬場の、ボクシングのリングサイドの怒声のように子どもたちにゲキを飛ばします。あまりの声の大きさにさりげなく振り返って見ると、おとなしそうなうら若き乙女のお母さんではありませんか(ウッソー、あんな人が)・・。お父さん方も負けていません、こめかみ辺りに青筋を立てて熱の入った声援をおくります(血管切れんでー)。でも、試合が終わって散々蹴り倒されてボロボロになりながら、しゃくり上げて泣いている子を見ると、私はつい「ガンバレ!」と心の中でエールを贈っていました。なんともやるせなく、抱きしめてやりたい気持ちで一杯になるのです。(あまりカラテに熱心でなく、とても強いとはいえない子どもたちを持つ親としては、どうしても弱者側についてしまうんですよね・・(^_^;)。)
ところが、小学校5、6年生のクラスになるとどうでしょう、一人一人が強い意志を持ち、体重差30キロもあるような相手にでも勇猛果敢に食らい付き、回し蹴りで体ごと1メートルも吹っ飛ばされても向かってゆきます。そして勝っています。私は正直、驚きました。そして感じたのです、この強い武道魂、精神力を培ったのは正にあの1、2年生の泣きながら頑張った幼年期ではないだろうかと・・。
最近の親御さんは子どもに甘いと、よく言われます。子どもたちも親も、こらえ性が無くなったと言われます。いじめの問題や自殺などがさかんにマスコミをにぎわしていますが、カラテを通して成長してゆく彼らの姿に、それらの今話題になっている社会問題との接点を見つけることはできませんでした。一つでも道を究めんと努力精進するところに神は宿るのでしょう。大変勉強になりました。
そして、子どもたちから我々のような壮年に至るまでキッチリまとめてリードしてくださる、中村師範を初め師範代や指導員の先生方には心から感謝致しております。この大会だけでも少なくとも500名近い参加選手に大きな目標を示し、真剣に持てる力を発揮する機会を与えてくださったことは、エネルギッシュな後生を育て、停滞する日本社会に未来への大きな希望の種を蒔いてくださっていることと同義なのですから。

[ 2006年11月9日 ] 「今さら努力しても・・。」ではなく!

ダンベル私の事務所の奥にはサンドバッグがあることは以前ご紹介しましたが、ここに来て財務大臣の家内の許可も下り、3つの器具が追加されました。
マルチジム、エアロステッパー、ダンベルといった筋トレの器具です。
カラテを続けながら感じることは基礎体力、筋力、持久力の必要性です。子どものために始めた武道でしたがいつの間にか自分のほうがハマってしまったようです・・・。しかし、まだまだと思っていても自分は既に47歳・・・。これからどのようにボディ・メイクに励むべきか?大きな課題でもあります。
毎日欠かさずやっている“180度開脚”に向けたストレッチも、ミリ単位かも知れませんが少しずつ成果は上がっていることを実感します。今回一連の肉体改造計画はしっかりと情報や知識を取り入れた上で、年齢も加味した決定版です。(失敗は許されません・・。昔のように腹筋300回なんてことはする必要もなかったのです。)そこに上記の3器具が仲間入りしたわけですから私も熱が入っているのです。
マルチジムまた、組手ではフルコンタクトですから顔面に蹴りでもくらうと危険なので、コンタクトレンズもハードからソフトに替え、歯を守るため歯科医さんに自分に合わせた歯形のラバーを作ってもらったりと用意も周到です。さらに“一撃”で相手を倒すために、正拳や蹴りにも重みとスピード、タイミングを研究しています。
家内は、「お父さん、トシなんやから程々にせな血管切れんで。」としきりに忠告しますが、私はゼェーゼェー言いながら頑張りぬきます。人間は50歳になっても60歳になっても鍛えられるそうです。結局、私の場合、自分に負荷をかけて健康に加齢してゆきたいという願いがこうさせているのかも知れません。メタボリック・シンドロームとか生活習慣病といった、忍び寄る病魔から自分を守る最善の方法は、やはりしんどいと感じても、それを乗り越えてちょっぴり頑張ることではないのでしょうか。
今日も私はコマ切れ時間を利用して、コツコツと筋トレに励むのでした。


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