[ 2006年4月23日 ] 極真カラテの輪郭を知る

カラテの本私は45歳になって極真会館に入門して、丸二年になります。冒頭にも触れていますように、子どもに強さというものを知らせんがための入門でした。
しかし、私には大学生時代に少し日本拳法という武道を学んだ経験があり、20年以上経った今もその思い出はまるで昨日の事のように輝いて蘇るのです。苦しいしごきもボコボコに殴られ蹴られたのも良い経験なのです。もともと格闘技が好きなのかも知れません・・・(血の気が多いのかも?^_^;)。ただ、周囲の皆さんには「今更私が強くなっても仕方がないことですから、怪我をしない程度に頑張っています。」と言っていますが、本音は“強くなりたい”“強靭な肉体に鍛えたい”という熱い思いを持っています。当然、無理をして仕事の支障になるよう事態だけは避けたいとは思っていますが・・・。
さて、極真会館に入門させていただいて、フルコンタクト(直接打撃制)を経験して、はたと考え込んでしまったのです・・。「どれくらいの強さで組み手をすればよいのだろうか?」・・と。
力いっぱいやれば怪我をする確率は高くなりますし、相手に後日に残るダメージを与える場合もあります。(先生ですら脚を引きずっていることもあるのですから・・。)また、突きや蹴りに夢中になって有効なコンビネーションや試合運び、組み立て方などがおろそかになると武道として学んでいる意味がなくなります。(ケンカをやりに行ってるんじゃないですから・・。)「やっているうちに身体で覚えるやん・・。」という意見もありますが、ここでまた私の読書病がムクムクッと顔を出してきたのです。
カラテの本そこでいずれも極真カラテから派生した極真会館大山倍達総裁の『青春をどこまでも熱く生きよ』(みき書房)、『自分に勝て!わが性格改造論』(講談社)、極真館盧山初雄館長の『わが武道空手』(学習研究社)、大道塾東孝塾長『はみだし空手』(福昌堂)などを読み漁りました。また、高齢者からの視点で著している朝倉三心『中高年からの空手道』(土曜美術社出版販売)、そしてマンガですが昭和40年代に原作梶原一騎・絵つのだじろう・影丸譲也で、大山倍達率いる極真カラテを世に紹介した『空手バカ一代』全17巻、毎月発行される『ワールド空手』その他『強くなる空手55の秘密―これが上達へのキーポイントだ!』(月刊『空手道』編集部)など多数・・・。そして結局、とにかく理屈抜きで先生の指導に従ってやれば良いことがわかりました。(それくらい教えていただいている槙先生は素晴らしいのです。)パンチ
本を読むことで、今学んでいる極真カラテの輪郭が明らかになってきました。そして正しい練習の仕方や先輩たちの心の動きも確認できました。どのような習い事でも勉強でもそうですが、全体を見ながら、細部にも光を当てるとしっかりした輪郭が浮かび上がってくるものです。そして、それに肉付けをして行く作業は本人の努力のみでしょう・・・。

[ 2006年3月6日 ] 日々精進・・で、こころの健康!

拳立て相変わらずチンタラと練習を続けているナカイ三親子ですが、それなりに努力をしております。
しかし、一緒に練習している仲間のみんなは熱の入れようが違います。まず、練習量です。飾磨教室では週2回でそれぞれ1時間20分程度ですが、頑張る仲間は高砂道場や神戸の中村道場他にも遠征して週4~5日も道場で稽古をしているのです。またビジュアルな面でも凝っていて、空手衣のいたるところに刺繍を入れたりして本格的でカッコイイのです。
それに引きかえナカイ三親子はと言うと、精一杯ズボンを引っ張り上げて短足を克服しようとする(引きずらないようにですが・・)父の私に、ミシンですそ上げしてもらったまま身長が伸びて八分丈のようになりながらも一向に気にしない子どもたち・・・と、揃いも揃ってダサい出で立ちです。もちろん、こんな体たらくですからカラテの腕前も伸びようはずがありません。いつも組み手となると人間サンドバッグ状態でボコボコにやられ、まるで三人揃って拷問を受けるために通っているようなものです。(^_^;)
黄帯元々争いごとが嫌いで暴力反対の私たちは、自分たちで言うのはおこがましいのですが恐竜の種類で言うとマイアサウラのような優しい草食類に分類されるだろうとしています(ホンマかいな?(^^)v)。反面、恐竜で例えるならば凶暴さでは並ぶものもいないほどで(“暴君”という名前の由来をもつ)、究極の肉食恐竜たるティラノサウルスたちの闘争とも思えるような激しい極真カラテの直接打撃には基本的には向かないのです。しかし、自らの精進をもって己を守る力を養うことの重要性に目覚めたナカイ三親子は、あえて茨の道を突き進み、強くなることによって茨のトゲさえも刃の立たない強靭な肉体を作る決意をしたのです。実際、足も脛も太ももにしても、また、腹やわき腹なども、サンドバッグや互いの組み手などで打ちつけていると慣れてきて痛みも感じなくなり、アザもできない身体になります。究極は弁慶の泣き所とも言われる脛で蹴って、野球のバットをへし折るようなことができるのです。
『努力によって弱いものが強いものに勝ってゆく。』この命題に明確な答えを得るべく、自分たち自身を実験台にして検証してゆく過程を邁進中です。(但し、自分たちのペースで・・・。)
また、カラテのタイプも、接近して打ち合うタイプと間合いを取りながら隙を見て決めに行くタイプ、ホットに向かってゆくタイプとクールに迎え打つタイプ、上段蹴りや回転技で派手に技を繰り出すタイプと受けもしっかりとした地味なタイプなど選手の個性もあってマチマチです。そんな中で、私が目指しているカラテは、姿勢正しく体重をかけた下段蹴りを中心として重いパンチもズシリと効くような威力のあるカラテです。
年甲斐もなく極真カラテに魅了されて頑張っているのですが、これも練習後の爽やかな感覚が忘れられずに続けているもので、一種の“こころの健康”維持のためでしょうか?(^_-)-☆

[ 2005年12月25日 ] 冬季セミナーで、またも頑張ってきました

世の中はクリスマス前ということもあり、なかなか盛り上がっているこの時期に、私たち“怠慢ナカイ親子”は、なぜか“極真カラテ”の冬季セミナーに行ってきました。セミナーといっても平たく言えば合宿で、中村師範率いる神戸総本部道場での一泊二日の練習です。
思い起こせば夏合宿のときは初体験の上に2泊3日の長丁場と言うこともあって、老体の私めには死ぬ思いでしたが、二度目の今回は要領も分かって大きな問題もなく過ごすことができなした。
極真合宿道場しかし、いつも思うのですがド~ンと構えた極真の看板は中村師範の足跡の偉大さを代弁しているようです。その威圧感におののきながら今回も門をくぐったのです。
寒波の影響で12月中に記録的な大雪が降り、寒い師走となった12月23日朝7時に自宅までタクシーに来てもらい、JR姫路駅で乗り三ノ宮駅に降り、そのまま地下鉄に乗り換え湊川公園駅に着きました。荷物を抱えてとぼとぼと歩き、またもオシッコに走り回ったり昼食の弁当を選ぶのにコンビニをハシゴしたりと、相変わらずの弥次喜多道中です。(こんなところは全く進歩がありません・・・。)
道場に着くと、早速10時から12時まで練習です。そして1時半から5時半まで練習と、みっちりのスケジュールです。それにしても寒かったので二男のコウちゃんなどはブルブル震えていました。今回は52歳の方や45歳の方もおられ、ホッと一安心しましたが、一般部よりも圧倒的に子どもたち少年部が多く、なんか子どもたちの引率に来ているような錯覚すらしました。
少年部の子どもたちは格闘技ブームも手伝ってか4歳5歳はざらですし、小学生が旅行気分ではしゃぎまわったりするものですから指導員の先生方も大変気を遣っておられました。なんと言っても人様の大切な子どもさんを泊り込みで世話するのですから責任重大というものです。消灯になっても興奮してぺちゃぺちゃ喋って寝ないし、おねしょをしたり、食事中に突然「ゲーッ。」と戻す子もいたりと、なかなか手ごわいですが、しっかり対処されていました。
二日目は午前中が審査です。相変わらず柔軟では苦労しています(来年こそ180度開脚をモノにします!)が、拳立ては101回(テンポが遅すぎて調子が狂ってしまいました。普段はもっとできるのに・・)、二段蹴りもソツなくこなせました。基本、移動、型も練習どおりできました。最後は組手です。一般部は人数が少ないので体格差がある場合でも組まれる場合があります。現に白帯同士の組手では30キロ近く違う人がやって、文字通り吹っ飛んでいました。(前蹴りに出たところを正拳中段突きで胸を打たれたので、一瞬宙に浮いて真っ直ぐ背中から落ちたので吹っ飛ばされたように見えました・・。ビックリしました。)
さて、いよいよ私の番です、結構緊張します。夏合宿の初めての審査のときはイノシシのように突進して、中村師範の前にもんどりうって転がった苦い思い出がありますので今回は慎重です。しかも組手も慣れてきて相手の動きを見ることができるようになっていました。相手は緑帯で私よりも格は上で体格もどっしりとした青年です。しかし、帯の色で気後れするような私ではありません。力任せに「セイヤーーーッ!」と放った正拳中段突きが、相手の身をかがめたのと同じタイミングになり首の近くに入ってしまいました。彼は「グエーッ」と言って怯みましたが、当ててはいけないところなので一時ストップが入った後、続行です。そして、彼の出足を捕らえて「チェイストーーーッ!」と上段前蹴りを顔面に蹴り込みました。これが当たって技あり。その後も互いにボコボコ殴り合いをして、結果優勢勝ちとなりました。やっぱり気合が大切だと感じました。(年取ってもやりまっせ~!)
極真合宿食事審査が終わると、昼食のカレーをいただいて(ミツ君は当然おかわりをし、コウちゃんも全部食べました。親としてはこれが嬉しい・・。)午後、軽く練習して最後に昇級発表で帯を頂きました。ミツ君もコウちゃんも晴れて青帯に昇級しました。私はお父さんの面子もあり、渾身の頑張りで黄帯です。
極真合宿足帰り道、褒美のソフトクリームをパクつきながら、相変わらずオシッコにトイレを探して走り回って姫路に帰ってきました。道すがら、いつの間にか右足の小指と中指が腫れて足を引きずって歩いているのに気づきました。家に帰ってよくよく見ると、どうも骨にヒビが入っているようで、どす黒く変色した腫れ指になっていました。たぶん、中段に回し蹴りをした時、相手の肘にでも当たってしまったのでしょう・・・。今回の冬のセミナーのお土産ですが、心は爽快です。

[ 2005年11月21日 ] 中高年からのカラテ(身体と気持ちのギャップ)

ふくらはぎのアザ昨日もカラテの練習日でした。午後6:00~7:30くらいの時間で、毎週2回の練習です。
私は、先生に無理を言って少年部で子どもたちと一緒に練習をしています。子供と一緒に練習することに意義を見いだしていたからです。準備運動(ストレッチや身体をほぐす体操)から入って基本練習(突き、蹴り、受け、型など)、移動稽古(連続技、コンビネーションなど)、ミット打ち(互いにミットを打つ練習)、組み手(実践の練習)といった流れで構成されています。指導員の槙先生はその指導においては定評があり、いつも他の道場から練習生が教えてもらいに来ています。先の第8回極真際(京都にて開催)では堂々の5位入賞のツワモノです。

アンメルツ最近、息子さんと一緒にカラテをしたいというお父さん(私と同じです。)が入会されてきました。年齢は36才くらいですが(それでも私より10歳も若い!)、なんと以前に泣く子も黙る芦原道場で極真をやっていたと言うのです。腕や足も太く贅肉もありません、その上、柔軟性も抜群で180度開脚もビシッと決まるのです。
そのお父さんとの組み手ではボコボコにやられて、ご覧のとおりアザになったりもするほどです。練習後にはシップ薬なども必需品となってきました。(家内は「そこまでやらなくても・・」と言いますが。)
もちろん、恐怖心もないわけではありませんが、私の突きや蹴りも入っています(ふっふっふ)!良きライバルとして教えてもらう意欲満々で、張り合いが出てきたのも事実です。

帯46歳になってから、子どものためというより、いつの間にか自分がのめりこんでいる「極真カラテ」、夏の合宿時の審査に続いて先日も子供たちと昇級審査を受けてきました。そしてまた12月23,24日も冬季合宿に参加する予定です。(クリスマス・イブに予定もないんかよ?)今では、遅ればせながらも徐々に級位も上がりつつあります。これからも無理をせず精進してゆきたいと思っています。

中高年からの空手道でも、私も年齢的にはもうピークを過ぎています。そんな時、「中高年からの空手道」(朝倉三心著)という本に出会いました。とても面白い内容で、参考になりました。そして、自分のカラテを構築してゆくということを教えられました。カラテは自らを高める手段であって、決して私闘を助長するものではありません。自分の可能性を信じて頑張りたいと思います。

[ 2005年9月4日 ] ついに来た中耳炎!(合宿疲れ?)

大山総裁

一昨日は朝からおかしかった・・

一昨日は朝からおかしかった・・。頭の中に音がこだまして耳鳴りがするのです。熱は38.2度。ふらふらして来たので、午後7時に自宅へ帰り、軽く食事を摂って9時には床に就きました。最近トシも省みずカラテの合宿に行き、大山総裁に少しでも近づけるよう大ハッスルしたりと、頑張りすぎていたので(風邪もひいていたし)、過労からかな?などと考えながら明朝にはすっきりするだろうと大事をとったわけです。

しかし、夜中の12時半ころ、右耳の奥が痛くて目が覚めました。それからドンドン痛みは増す一方です・・・。
元々、私は痛みに弱いタイプです。今でも小学生から中学生に至るまでいつも苦しめられた歯科治療は恐怖の最たるものです。(甘いものを食べすぎ、きちっと歯のケアをしていなかった自分の責任なのですが・・。)
しかし、それにも増して恐ろしいと家内に聞かされていたのが耳鼻科だったのです。今まで全く縁のなかった耳鼻科に行くのかと無念に思っても、耳の奥の手で触れることのできない部分ですからどうしようもありません。なんとか朝まで持てば、一番で耳鼻科へ行こうと決心させるほどの激痛だったのです。結局、耐え切れずボルタレンを入れて(何であるんや?)3時間ほどぐっすりと眠れましたが、早朝6時には痛みで目が覚めてしまいました。

家内に促されて近くの耳鼻咽喉科に行きました。『8時半くらいから診療だろうが、早く行かないと、ああいうところは混むから・・。』と言われ、早めに出ました。
医院に着いたのが7時40分。人っ子一人いないのに、医院の玄関は開いており受付表なるものが置いてあるではありませんか・・・。痛みをこらえて1番に書こうとすると、な、な、なんともう既に19番目!しかも9時から診察です・・・。(ぐえーっ、堪忍してくれぇ・・。)
開放された待合室に座すること約2時間。私は、のた打ち回るまでは行きませんが、余りの痛さにじっとしておられず体をよじるばかりでした。(まるで自分だけ戦場の野戦病院に放置されているようでした。)当然、顔は苦虫を噛み潰したような恐ろしいものだったに違いありません。実際、時間とともに集まってきた患者さんたちは私を避けて座っていったのですから・・・。

いよいよ「ナカイツトムさ~ん」と呼ばれて、診察室に入り、先生に診てもらうと即座に「中耳炎、内耳炎も併発。」と言われました。「口の中は扁桃腺が腫れて膿も持っているかもしれんから、経過が悪ければそれも切らなあかんな。これは中耳炎の手術より格段に痛いよ。」と宣告されました。(中耳炎の手術って、まだしたことないのに今からするのかよ?ヒェ~・・・。)
中耳炎「麻酔が15分で効いてくるから、即手術します。」と言いながら、先生は私の耳にズボッと何か差し込んだのです。
15分後呼ばれてイスに座らされると、おもむろにハサミのようなメスを取り出して切開に入ります。(エ、エーッ?麻酔なんて全然効いてないでぇ!オイ、ホンマにやるんか?グェーーーッ!)ものすごい痛みに脂汗も垂れて悲惨でした。中耳炎の手術は痛いと聞いていましたが、体験して初めて分かりました。術後は放心状態です。朦朧とした私に先生は言いました。「もう、痛みは取れるやろ。酒は完治するまでアカンで。運動もな・・。3週間くらいかな・・・。」

恐ろしい土曜日の光景でした。そのまま家に帰ってベッドで休みました。しかし、耳の奥から絶え間なくトロトロと流れ出る膿と血の混ざり合ったもの・・・。それは日曜の今日も続いています。
家内は熱心に看病してくれましたが、自分自身中耳炎を病院にいかずに耳の中ではじけさせて治した経験があると言って自慢します。「あの痛みを3日我慢したら耳の奥からとろ~っと膿が出てきたわ。我慢強いやろ。」と得意げです。私も負けじと「何言うてんねん、私は虫歯を腐りきるまで我慢したんやで。」と応酬です。すると、「長男のミツ君の出産の時なんか5分おきの陣痛を丸2日も我慢したんや!」勝負あった、と言うより、人から見たら「あんたらアホちゃうか?」の会話でした。それにも増して、先生がさらっと言った扁桃腺の膿の切開・・・あ~神様、なんとか、なんとかそれだけは勘弁してください。中耳炎の手術よりも格段痛いなんて・・・。お願いしますーーーーーーっ!!

[ 2005年8月22日 ] 決死の極真カラテ2泊3日の強化合宿!

いつもトロトロしている軟弱ナカイ親子が、指導員の先生と相談して、自分たちの壁を 
越えるために、極真会館神戸総本部道場でのセミナーに参加する決心をしました。3日
間、朝も昼もカラテの稽古、稽古で過ごすなんて、どんなにしんどいのか想像もできま
せんでした。(3人とも初体験とあって超ドキドキです・・。)
いよいよ初日、朝も6時半には家を出て、荷物をいっぱい背負い、抱えて出発です。
小学校2年生と幼稚園の兄弟、46歳にもなった壮年のオジンとのヨタヨタの出で立ちに
哀愁が漂います・・・。
合宿所は極真会館神戸総本部です。大きな看板がバーーンとあって、すっごいインパク
トです。(とても趣味がよいとは言えないですが・・(^_^;))
早速、私たち3人は受付を済ませて控え室で道着に着がえ、初日は10時から稽古です。
今回の参加者数は80名くらいだったでしょうか。それにヒグマかグリズリーのような
巨漢の黒帯指導員の先生が9名もついて
「気合を入れてー!!」
「声が出てなーーい!」
とガナリたてます。
私たちも「オオーースウッ!」と叫び返します。何事が始まったかと思うほどの、
雷鳴にも近い轟音に私もフーーッとなるほどでした。
(正直、3日のうちにぶっ倒れると思いました・・。)
午後も2時から6時までみっちりと稽古です。基本稽古、型、移動稽古、実践組み手と
進んでゆきました。もう、フラフラです。組み手などはお互いボコボコになるまで打ち、
蹴り合います。上段回し蹴りを頭に食らって、意識も朦朧としましたが、すかさず
わき腹に中段回し蹴りを見舞うなど、私も気合だけで立ち向かってゆきました。
出会い頭に相手のヒザと自分のヒザがぶつかったり、スネとスネがしこたま当たったりで、
終わってみればアザだらけです・・。
酒も一切飲まず、体力回復のため9時には寝て過ごした合宿でしたが、一つ一つの動作に
全精力を注いで稽古をするので、5分も経たないうちに汗が噴き出します。
稽古が終わると汗で、空手衣が搾れるほどずぶ濡れです。もちろん精も根も尽き果てて
ぐったりでした。それでも、翌日の稽古で空手衣が臭かったら嫌なので
子どもたちの分も一緒に洗って干してバタン・キューでした・・・。
二日目も同じく10時から12時まで稽古、1時半から5時半までみっちり稽古でした。
でも、人間ってエライもんで、軍隊のような荒い練習だと思っていた初日とは打って
変わって余裕が出てきました。
突きも蹴りも小気味良く出ます。あの怒号のようなかけ声も自分が一番大きく出している
ような気すらします。しかし、相変わらず滝のような汗と疲労困憊の肉体にトシを
感じずにはいられませんでした・・。
そしていよいよ、最終三日目です。コウちゃんは朝から胸の辺りが苦しいと訴え、目も
うつろです。指導員の先生方も親身になって熱を見てくれたりしました。最初はグッタリ
していましたが、ラッキーなことに昇級審査が9時半からだったのが今回は受審者が少な
いので、30分遅らせてくれました。その間、コウちゃんはぐっすり眠って、目が覚めた時
にはしっかり平常通りになっていました。(まったくツイてる奴です・・。)
そして3人は審査を受けました。柔軟、基本、移動、拳立て、二段蹴り、型と進み、
最後の組み手などは、何がなんだか分からないほど熱が入り、
「ウオーリャー!」
「ホイサー!」
「キエーーッ!」
など、自分でも発したこともない気合の言葉も出て、修羅場でした。おかげで子どもたちは
昇級でき、私もなんと飛び級で昇級させて頂きました。
最後に、全員の注目する中、師範の指名により太極Ⅰという型を披露させて頂き、
続いて一般部の板を3枚も重ねた試割り(写真は現物)を命ぜられました。
「板など実際手にしたこともなく、まして割ったことなど一回もない私にハナから3枚とは
酷でしょ・・。」と思いましたが、私のこの性格です、
「エエイ、儘(まま)よ!」
とばかり、思いっきり拳を叩きつけました。すると、バキーンという音とともに3枚が
見事に割れ、場内が拍手の渦でした・・(^^)v
三日間の猛稽古も終わり、確実に過去の壁を超越したナカイ親子は帰途につきました。
苦しかったけれども、筆舌につくしがたい貴重な経験をさせて頂きました。
師範を始め指導員の先生方、一緒に頑張った先輩や同輩、皆さんに感謝です・・。
でも、自宅に帰ったその夜は脇腹が痛くて何度も夜中に目が覚めました。
(これは、ヒビが入ったかもしれんな・・フッ(^^)・・)
それでも、やり遂げた達成感に、穏やかに眠ることができたのでした。

[ 2005年2月2日 ] 練習仲間はスゴイんですが・・・

相変わらず、ちんたらと極真カラテの練習に励んでいる「中井三親子」、最近の寒波にビビッている。長男で小学1年生のミツ君は、朝の登校時に雪で滑って転ぶほどトロいし、5歳のコウちゃんは鶏の出し殻のような細い身体でブルブル震える始末だ。
いやいや、父親の私も常に腰にはホッカイロがくっついている。軟弱三親子である。

そんな私たちと同じく極真カラテの道場でよく練習を共にする3人組がいる。泣く子も黙る「安保(あんぽ)三兄弟」(写真:長男小学校6年生、次男3年生、三男1年生)だ。
新聞でも紹介されているが、三兄弟がこれまでに空手大会で得たトロフィーや盾の数は83個に上るという。練習も半端じゃなく、毎日3時間、いつも3人で練習するという。
「中井三親子」と違って、完全に硬派だ。台風の日に学校が休みになった時でも、お父さんが「体育館に練習に行こう。」と、三人を連れてゆくほどの熱心さだった。

それに引きかえ、我ら「中井三親子」はどうだろう?
週2回の練習日以外は全く運動などせず、練習当日になると
「お父さん、今日行くん・・・?」と、少し尻込みの体制に入る。
そこでこんな会話が始まるのだ。
「練習した後は、スカッと爽やかやろう?練習でしんどいのは蹴られたり突かれたりする組み手の10分程度やろ。10分が週2回あるだけやろ。一週間って何分あると思ってんねん?」
「え~っと、24×60×7や。(計算だけはメチャクチャ速い・・)」
そやろ、10,080分のうち20分や。そんなもんにビビッてどないすんねん!」
「そう言えばそやな・・・。」
これがいつもの内容だ。
先生も「気合を入れてー!」とカツを入れるが、我ら三人には現在“糠に釘”状態である・・・。
でも、最近コウちゃんの蹴りまできつくなり、家で居眠りをしていると突然、スボッと蹴りが入ったりして、えらい目にあっている。人様には絶対やってはいけないと教えているが、私には解禁だ。でも、お父さんが今年46歳にもなる年寄りだってことをよく
言っておかなければと思うこの頃である・・。

[ 2004年5月22日 ] 千日を初心とし、万日の稽古を以って極みとす

平成16年5月22日、極真会館兵庫県支部(中村誠師範)の中村道場、姫路飾磨教室(槙宏志先生)に入門させて頂きました。
身体の硬い、生活習慣病予備軍の45歳の私と、学校でいじめられるほど動きのとろい小学1年生で長男ミツ君7歳と、生まれてまだ5年のか細い保育園児のコウちゃん(いずれも当時)の3人は、それぞれの思いから決意して“極真”の門を叩いたのです。
親の私としては、技術よりも自らの「生き方」として“極真カラテ”を探求して欲と願い、子どもたちと恐怖の世界に飛び込んだのでした。
果たしてどんな世界に遭遇するのでしょうか?

極真カラテも初心者は白帯から始まります、そして、
オレンジ帯(10、9級)
青帯(8、7級)
黄帯(6、5級)
緑帯(4、3級)
茶帯(2、1級)
と進み、それぞれの級で銀線が入ると奇数の級です。
そして、次が憧れの黒帯です。初段、弐段、参段と上がるにつれ、金線が一本ずつ増えてゆきます。

1年3ヶ月、白帯のまま昇級審査を一度も受けなかった軟弱ナカイ親子の行くては・・?

『極真カラテに学ぶ』をクリック!更新版をご覧下さい。


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